今でも忘れられない

ピアノの処分、ピアノとの別れは、今思い返してもとても胸が苦しくなるものです。

小さいころからピアノを弾くのが大好きでした。

家にあったピアノは、日本メーカーのごくごく一般的なアップライトタイプでした。

お引越しが決まった知人から譲り受けた中古のものでしたが、我が家には電子ピアノしかなかったので、本当にうれしかったです。

そのピアノが家に来てから、ますますピアノにのめりこみ、小学校、中学校そして高校と、クラスでは合唱コンクールのピアノ伴奏をするほどの腕前になりました。

しかし高校を卒業して大学へ進学すると、だんだんとピアノに触れる機会が減っていきました。

夜遅くまでアルバイトをしたり、飲み会で酔っ払って帰宅したり、休日もテニスサークルに夢中になっていったのです。

家にいる時間も減り、早朝や深夜にピアノをかき鳴らすわけにもいかず、ついに親から処分の話が出ました。

毎年調律に来てもらっている業者さんから、「そろそろ弦の張替が必要」と言われたそうです。

人から譲り受けてからはや8年。

少しずつ音が割れてきていることにはうすうす気が付いていました。

しかしまさか処分するという考えになるとは思っていませんでした。

確かに調律代だけでも年に数万、弦の張替となると、桁が違ってきます。

当時学生だった私に、その張替代金を出すだけの甲斐性はありませんでした。

ピアノの引き取りがされたのは、その後私が就職して家を離れたすぐ後でしたが、しばらく実家に帰ることがとてもつらい気分でした。

「ピアノを処分されてしまった」「処分から助けてあげられなかった」、ピアノが取り払われた空間を見るたび、そんなことを思っていました。

これがこのピアノに触れる最後の日、となったとき、私はピアノの天板を開け、お気に入りだった指輪をピアノの中に隠しました。

別れるのが悲しくて、そしてきっとピアノも同じ気持ちでいてくれるだろう、なんて思い、形見をのつもりだったのです。

あのピアノ、どうなってしまったんだろうかと、今でも時々考えます。